常に自分の想いを伝えることで、
理想のキャリアを描いていく。
- Challenger#03
- 2010年入社 機構設計
「経営層を目指す」
という理想のキャリアを
歩めている。
就職活動では、生活必需品ではなく家族団らんや人の感情が動く製品に関わる仕事がしたいと思い、特にテレビを扱っている企業を探していました。その中で当社を見つけ、地元の大阪に本社があることも決め手になって、新卒で入社。現在に至るまで大阪を拠点としてはたらいています。1年目から希望通り、テレビに関わる部署へ配属となり、包装・緩衝材の設計やスタンド部分の設計などを5年目までに経験。その後、蓄電池分野や開発の請負などで幅広い経験を積み、13年目から課長職を任されています。労務管理や組織方針の決定、業務調整など、経営的な数字を意識しながらマネジメントするはたらき方に大きく変化しました。常々「マネジメントしたい」という想いは上司に伝えていましたし、いずれは経営層を目指したいと思っているので、理想のキャリアプランを歩んでいる途中だと感じています。
現場のルールを
決めることが、
仕事の視野を広げてくれた。
入社5年目から担当した蓄電池案件が、私の一番のチャレンジです。当時はパーソルAVCテクノロジーとしても電気自動車などで需要が高まる蓄電池の知見を集めたいということで、私が淡路島のメーカーに1年間派遣されました。私がそれまでいたテレビの部署は、すごくシステマチックに仕事をする文化があったので、それを一部取り入れられないかと思い、派遣の立場でありながら帳票の形式を整えたり、ファイル名の付け方を統一したりと、今もそのメーカーに残るルールの基礎を作りました。管理職を目指していた私にとって、広い視野で仕事を捉えることを学べた良い経験だったと思います。
目標となる方の異動が、
成長するキッカケとなった。
これまでで印象に残っていることは、私が6年目のころにあった「横浜拠点の立ち上げ」です。目標としていた直属の先輩が立ち上げの担当者となり、所属部署を離れることになりました。部署異動が少ない当社において、当たり前にその方もずっといるんだと思っていたのですが、いざ先輩がいなくなると知った時に、「この人がいなくなっても部署が回るようにしないといけないな」と自覚が芽生えたのを覚えています。これがキッカケで、仕事に対する責任感がより強くなりましたし、刺激を受けて成長にもつながりました。私自身が30代半ばで課長職を任せていただいているので、若手であっても会社がチャレンジを後押ししてくれる社風があると実感しています。若手のほうが変化に柔軟に対応できると思うので、これから当社に入社される方も、変化することにどんどん挑戦していってほしいです。
全体の業務を広く浅く知り、
いずれは経営層へ。
できる限り早く、部長職や経営層に就きたいと強く思っています。課長となり経営的な数字を見るようになってから、経営を考えることも向いているのかなと感じました。今後は機構だけでなく電気やソフト、管理部門の業務も意識しながら、会社の動きを広く浅く見られる人材となれれば、さらに管理職として活躍できると思うので、理想のキャリアに近づけるよう頑張っていきたいです。
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